毛皮の皮の劣化(方程式)

先日、お客様のコートの袖が切れてしまって直してほしいという依頼がありました。開いてみると、確かに皮全体が少し硬くなってきていて、避けている部分は特に劣化が進んでいました。毛皮の皮の劣化は、簡単にいうとこんな方程式になります。

皮の劣化は皮の状態 X 保管状態 X 時間=劣化

劣化はほとんどの場合、少しずつ進みます。上に記載した方程式でもわかるように、着用の度合いはあまり関係ありません。着用によって痛むのは皮ではなく、毛そのものが傷みます。皮が劣化したことで切れてしまったものの修理はとても難しいのです。

一般的には荒目の縫い目で縫ってしまい、表から芯をベタッと貼ってしまうのが職人さんの考えがちなところです。しかし、それでは柔らかさという毛皮本来の風合いはなくなり、厚紙のような手触りになってしまいます。

弊社のアトリエでは、こんな場合はどうするかというと、いくつかの柔軟剤のなかから一番適したものを選び、劣化が強くすすんでいる部分に少しずつ柔軟剤をしみこませます。一度にたくさん染み込ませると、劣化した皮は紙と同じような状態になっているためにボロボロと触るだけで切れてしまうような危険な状態になります。

ですからほんとに少量ずつ加え、乾燥して、また加えるという作業を繰り返すしかありません。その結果、皮の繊維のなかに柔軟剤が浸透し蓄積したところで、少しずつ手でもみほぐし柔らかさを少しずつだしていきます。

そして切れた縫い目だけを補強し、少し荒目に縫います。そうすることで柔らかさを維持した直しができます。万が一、これで切れたとしても、諦めてもらうしかありません。また、お直しをするしかないのですが、この処理をしている限り、そう簡単には切れません。怖いからと言ってリスクを避け、ガチガチに芯を貼って仕上げるのは、技術者としては最良の方法とはいえません。

あとはお客様が、硬いままの毛皮らしくない状態を安心と考えるか、最大限の処理をし尽くした状態で毛皮の風合いを維持し着用したいと思われるかの選択になります。付け加えますが、皮の状態の判断は難しく、柔軟剤を入れてもどうにもならないような紙のように劣化が進んでいる場合もあり、すべてが柔らかく戻るわけではありません。

皮の状態を大きく三段階に分けるとこうなります。

一番良い状態の皮は、タンパク質のチェーンがしっかりつながった状態の柔らかく伸びのある状態のを保っています。二番目には、タンパク質のチェーンが外れかけ、伸びがなくなっているが、柔軟剤を入れることで皮の繊維のすべりがよくなり、大きく伸びることはないが、少しは柔らかさが戻る状態。
三番目に、チェーンが外れ、紙のような状態で伸びることもなく水で濡らすと、紙のように簡単に切れてしまう状態の皮。

というように分けられます。


その一番いい状態の例が、2012/12/14に当ブログに掲載した⬇の動画「アメリカ産・マホガニーミンクの再なめし」です。

PASSIONE – 再なめしの効果


三番目の一番悪い状態が、2012/11/3の当ブログ記事【外注委託加工を使わない訳は?】にアップした⬇の「ヌートリアの皮が劣化した動画」です。


皮の劣化 – PASSIONE


今、目の前にある毛皮の皮がどの段階かを常に意識していないといけません。そして、その毛皮が持っている最大のポテンシャルを引き出す作業をしていくことが、私たちの仕事のなかで大事なことの一つでもあります。

長澤

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